白浪五人男二幕 稲瀬川勢揃いの場より
『青砥稿花紅彩画』(弁天小僧)黙阿弥作
1862年(文久2年3月)
Youtube 松本幸四郎 (9代目)他
Youtube 市川團十郎 (12代目)他

うしろ黒幕、すべて鎌倉稲瀬川の体、波の音、佃に て幕あく。と、雨車波の音にて、花道より○△□◎等の 大勢蓑笠にて鉦太鼓をたゝき、迷児を呼びたがら出て来り、

大勢:迷児の迷児の三太郎やあい。(ト舞台へ来り)
○:又ばらばらやって来たが、大降りにならねばよい。
△:初瀬寺(はせでら)から稲瀬川、この界隈(かいわい)にいぬからは、
□:朝比奈の切通しを越え、六浦(むつら)の方へ行ったか知らぬ。
◎:それじゃあこれから一(ひと)のしに、瀬戸橋までやッつけよう。
○:先へ行ったら知らぬこと、後(あと)なら彼処(あすこ)でがんばれば、
△:知れるは必定、一方路、
□:路のぬからぬそのうちに、
○:こっちもぬからず、ちっとも早く、
○:いずれもござれ。
皆々:迷児やあい迷児やあい。

ト鉦をたゝきながら上手へはいる。本釣鐘(ほんつりがね)を打ち込み、 端唄稽古噺子(はうたけいこばやし)になり、花道より弁天小僧、忠信利平、赤星十三、南郷力丸、日本駄右衛門ら五人男、いずれも染衣裳一本差し、 下駄がけにて、しら浪と廻し書にしたる番傘をさして出て来り、花道にて、

弁天:雪の下から山越しに、まずこゝまでは逃げのびたが、
忠信:行く先つまる春の夜の、鐘も七つか六浦川、
十三:夜明けぬうちに飛石の洲崎(すさき)をはなれ、船に乗り、
南郷:故郷を後に三浦から岬の沖を乗りまわさば、
駄右:陸(おか)とちがって波の上、人目にかゝる気遣いなし、
弁天:しかし六浦の川端まで、乗っきる畷(なわて)が遠州灘、
忠信:油断のならぬ山風に、追風(おいて)か追手の早風(はやて)に遭えば、
十三:櫓擢(ろかい)にあらぬ一腰の、その梶柄(かじつか)の折れるまで、
南郷:腕前見せて切り散らし、かなわぬ時は命綱、
駄右:錠(いかり)を切って五人とも、帆綱の繩に、
五人:かゝろうかい。

ト唄になり平舞台へおりる。このとき下手より捕手四人 迷児捜しの体にて鉦太鼓たゝき「迷児やあい迷児やあい」 と呼びながら来り、五人に行違い思入れあって入れ替わ り、太鼓を持ちし捕手土手の上へ上がり、太鼓を早めて 打つ、これにて皆々笠を脱ぎ四天のなりになり、上下よ りばらばらと取り巻き、

○:盗賊の張本日本駄右衛門、それに従う四人の者、やること ならぬ、
皆々:うごくな。

トこれにて皆々思入れあって、

駄右:さては、五人がこの所へ来るをまちぶせ、
五人:なしたるか。
△:迷児を捜す態に見せ、幾組となく手わけをなし、網を張っ て待っていたのだ。
駄右:むゝ、かく露顕の上は、卑怯未練に逃げはせぬ、一人々々 に名を名乗り、繩にかゝって、
五人:刑罰受けん。

トこれにて舞台へ五人居並び、上下を捕手取り巻く、

○:けなげな一言、して真先に、
皆々:進みしは。
駄右: 問われて名乗るもおこがましいが、生まれは遠州浜松在、十四の年から親に放れ、
身の生業(なりわい)も白浪の沖を越えたる夜働き、盗みはすれど非道はせず、
人に情を掛川から金谷をかけて宿々で、義賊と噂高札(たかふだ)に
廻る配附の盥越し、危ねえその身の境界(きょうがい)も最早四十に人間の
定めはわずか五十年、六十余州に隠れのねえ賊徒の首領日本駄右衛門。
弁天: さてその次は江の島の岩本院の児(ちご)あがり、ふだん着慣れし振袖から
髷も島田に由井ケ浜、打ち込む浪にしっぽりと女に化けた美人局、
油断のならぬ小娘も小袋坂に身の破れ、悪い浮名も竜の口
土の牢へも二度三度、だんだん越える鳥居数、八幡様の氏子にて
鎌倉無宿と肩書も島に育ってその名さえ、
弁天小僧菊之助。
忠信: 続いて次に控えしは月の武蔵の江戸そだち、幼児(がき)の折から手癖が悪く、
抜参(ぬけまい)りからぐれ出して旅をかせぎに西国を廻って首尾も吉野山、
まぶな仕事も大峰に足をとめたる奈良の京(きょう)、碁打と言って寺々や
豪家へ入り込み盗んだる金が御嶽の罪科(つみとが)は、蹴抜(けぬけ)の塔の二重三重、
重なる悪事に高飛なし、後を隠せし判官(ほうがん)の
御名前(おなめえ)騙(がた)りの忠信利平。
十三: またその次に列(つら)なるは、以前は武家の中小姓(ちゅうごしょう)、故主(こしゅう)のために切取りも、
鈍き刃の腰越や砥上(とがみ)ケ原に身の錆を、磨ぎなおしても抜き兼ねる、
盗み心の深翠り、柳の都(みやこ)谷(やつ)七郷、花水橋の切取りから、
今牛若と名も高く、忍ぶ姿も人の目に月影ケ谷(やつ)神輿ケ嶽、
今日ぞ命の明け方に消ゆる間近き星月夜、
その名も赤星十三郎。
南郷: 扨(さて)どんじりに控えしは、潮風荒き小ゆるぎの磯馴(そなれ)の松の曲りなり、
人となったる浜そだち、仁義の道も白川の夜船へ乗り込む船盗人(ふなぬすびと)、
波にきらめく稲妻の白刃に脅す人殺し、背負って立たれぬ罪科は、
その身に重き虎ケ石、悪事千里というからはどうで終いは木の空と
覚悟は予(かね)て鴫立沢(しぎたつざわ)、しかし哀れは身に知らぬ
念仏嫌えな南郷力丸。
駄右:五つ連れ立つ雁金の、五人男にかたどりて、
弁天:案に相違の顔触は、誰(たれ)白浪の五人連れ、
忠信:その名もとどろく雷鳴(かみなり)の、音に響きし我々は、
十三:千人あまりのその中で、極印(こくいん)うった頭分、
南郷:太えか布袋か盗人(どろぼう)の、腹は大きい胆玉、
駄右:ならば手柄に、
五人:からめて見ろ。
捕手:なにをこしゃくな。

トどんどんになり、捕手皆々打ってかゝるを、上下へ別 れ傘にてあしらい、立ち廻って一時に投げ退け、傘を開 いてキッと見得。これにて後ろの黒幕を切っておとし、 向う稲瀬川、聖天山船宿を見たる灯入りの遠見。にぎや かなる鳴物になり、五人傘にて捕物のような花々しき立 ち廻りあって鳴物替わり、皆々一刀を抜き土手を使いて 烈しき立ち廻りよろしくあって、結局上下へ追い込み、 ほっと思入れ。本釣鐘、上手に赤星十三、忠信利平、下 手に南郷力丸、弁天小憎、土手の真中に駄右衛門い並び て、

駄右:今日は一緒に身の終わりと、覚悟はせしが一日でも脱れら れなば逃げ延びん。
南郷:いかさま命が物種なれば、
忠信:五人連れにて一先ずこの地を、
駄右:いや、大勢づれでは人目に立つ。忠信、赤星両人は、これ よりすぐに中仙道、南郷、弁天両人は道を違(ちが)えて東海道、片時 も早く落ち延びよ。
四人:してまた、頭は、
駄右:この身はやっぱり鎌倉のうちに隠れて、後より出立、
南郷:そんならこれより右左、
十三:わかれわかれに旅路へ出かけ、
弁天:道中筋を一働き、
忠信:五月(さつき)を待って京都にて、
駄右:ふたゝび出逢う、
五人:五人男。(トこのとき以前の取手二人出で)
捕手:捕った。

ト駄右衛門にかゝるを、立ち廻って引きつける。

四人:またもや、捕手(とりて)、
駄右:いや、こゝ構わずと、
四人:そんなら頭、
駄右:片時も早く、
四人:合点だ。

ト波の音、佃になり、南郷、弁天は花道へ、十三、忠信 は東の仮花道(あゆみ)へ、駄右衛門は捕手(とりて)の一人を踏まえ、一人 を捻じ上げ後を見送る。四人は花道をはいる。これをい っぱいにきざみ、よろしく ひょうし幕

  遠州郷土資料

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